望むがままの天国へ連れて行ってくれる『ボヘミアン・ラプソディ』
どうも、trifaです。
去年、最も話題だった映画といえばなんでしょう?
是枝監督がパルムドールを受賞した、『万引き家族』。91億円もの興行収入を叩き出し2019/11/05/214847た、『名探偵コナン/ゼロの執行人』。スーパーヒーロー映画の北米最高興行収入を塗り替えた『ブラック・パンサー』。
それぞれ、話題性は十分でしたね。
しかしながら、やはり、去年の台風の目は、各国で異例のロングランヒットとなった、伝説的バンド、【Queen】にスポットを当てた劇映画、『ボヘミアン・ラプソディ』でしょう。
今回は、こちらをご紹介します。
『ボヘミアン・ラプソディ』のあらすじ
1970年代初めのロンドン。
ペルシャ系移民のファルーク・バルサラは、自身のアイデンティティを嫌悪し、【フレディ】と名乗り、音楽による自己実現を夢見ていた。
そんな彼は、ある日、ファンだったバンド【スマイル】のメンバーである、ギタリストのブライアン・メイ、ドラムスのロジャー・テイラーらに声をかけ、【クイーン】としてのバンド活動をスタートさせる。
その後、ベーシストのロジャー・ディーコンも合流し、【クイーン】は世界的ロックスターとしての階段を駆け上がっていく。
これは、そんな彼らの伝説を描いた物語である——。
「そう、僕ら全員が伝説だ」
レビュー
意味のあるフィクション
※私はそこまでQueenについて詳しいわけではないので、その視点からのレビューであることをご了承下さい
あらすじに、サラッとロジャー・ディーコンも合流しなんて書きましたし、本編中でもファースト・コンサートから既にロジャー・ディーコンがいることになっていますが、この時点からして史実とは異なります。
実際には、Queenのベーシストはなかなか決まらず、ロジャー・ディーコンは、オーディションの末に4人目のベーシストとしてQueenに加入します。
しかしながら、本作中では、割といきなり彼が加入してしまっています(史実と違うからこそ、ロジャーの描き方が浅かった気もしますが汗)。
このように、本作はQueenの歴史を忠実になぞったノンフィクション映画ではありません。
なんなら、本編で一番ドラマチック終盤の展開は、そのほとんどが本作のために創作されたエピソードです。
つまり、本作は、Queenにまつわるエピソードをいくつか抜き出し、順番を変え、時には創作して作られた、完全なる劇映画です。
ここら辺のことについては、もしかすると、生粋のQueenファンの間では意見がわかれるかもしれませんが、一映画好きとしては、素直に最高の映画だったと褒めたいです。
確かに、史実を忠実になぞる作品も大切ですし、そういう面白さもあります。
しかしながら、個人的には作品にとって大切なのは、【何をどう描くか】ということだと思うのです。
その上で、史実通りに描くべきならそうすべきでしょうし、劇映画よりに描くべきなら、そうすべきでしょう。
例えば、『イングロリアス・バスターズ』や、『ジャンゴ/繋がれざる者』辺りからの、【映画で史実をブン殴る】ような、クェンティン・タランティーノの近作なんかは分かりやすい例ですよね。
私は本作を、そういう流れの中にある作品だと受け取りました。
Queenという最高のバンド、そして、フレディ・マーキュリーという稀代のミュージシャンの伝説を神話として描く。
それが、本作における【描くべきもの】と【その描き方】だったのでしょう。
そして、その狙いは、完全に成功していると思います。
事実として、私を含め、本作を観た観客の多くが本作に熱狂し、それがゆえに各国でのロングランヒットや、Queen、そして、奇異の目で見られがちだったフレディ・マーキュリーというアーティストを再評価する流れが出来上がったのですから。
もし本作が史実に忠実なだけの映画だったとしたら、ここまでの効果を上げることができたでしょうか?
仮定の話なので、実際にどうだったかは測りようもありませんが、私個人としては、ここまでの盛り上がりは期待出来なかったと思います。
ゆえに私は本作を、意味のある劇映画化だったと思うのです。
奇跡的な映画
さて、そんな本作なのですが、実は、結構なゴタゴタの末に出来上がっている映画だということをご存知でしょうか?
そもそも本作は、2010年の段階で既に企画が出来上がっていました。
Queenのメンバーであるブライアン・メイもBBC(英国国営放送)インタビューの中で、その旨を話しており、その時点では、サシャ・バロン・コーエン、グレアム・キング、ピーター・モーガン、デヴィッド・フィンチャーなど、そうそうたる顔ぶれによる制作が予定されていました。
しかしながら、その座組みでの制作は、Queenサイドと制作サイドとの認識の不一致により、2013年の段階で白紙になってしまいます(ラミ・マレックの演じたフレディはもちろん最高でしたが、欲を言えば、サシャ・バロン・コーエンが演じるフレディも観てみたかった気もします)。
その後も様々な座組みでの制作が計画されては頓挫するというのを繰り返しました。
そして、2015年に脚本がある程度できあがり、2016年にブライアン・シンガー監督、ラミ・マレックの主演が決定し、ようやく本格的に動き出すのですが、2017年の12月。撮影中にも関わらず、ブライアン・シンガー監督が、休暇を終えても現場に復帰しないという非常に身勝手な振る舞いをしたために、撮影半ばにして、再び本作は頓挫しかけます。
しかし、撮影監督だったニュートン・トーマス・サイジェルや、その後に改めて監督へ起用されたデクスター・フレッチャー監督らの手により(※)、なんとか作品は完成。
本作は、そうしたゴタゴタを乗り越えて、ようやく我々の目の前へ届けられたわけです。
こうした制作のゴタゴタを考えると、はっきり言って、本作は、目も当てられない駄作に終わっていてもおかしくはなかったと思います。
しかしながら、それらを経てもなお、本作は人々の心にしっかりと刺さる魅力的な一本に仕上がっていたのです。
これはもう、奇跡と呼ぶほかありませんね。
※このようにして完成した作品であるにも関わらず、DGA(全米監督協会)の規定により、本作の監督としてクレジットされているのは、ブライアン・シンガーのみです。彼は自身がゲイであることをカミングアウトしているため、本作との親和性も高かったとは思いますし、彼が本作のどこまでを手掛けているのかは知りませんが、いくら規約とはいえ、このクレジットの仕方は、もうちょっとどうにかならなかったのかと思います。そのため、個人的には本作をブライアン・シンガー監督作とは呼びたくありません。
完全に余談ですが、彼は自身の代表作であるX-MENシリーズに対してですら、3を作ると言っておいて勝手に降板したり、かと思ったらマシュー・ボーンが手掛けた『X-MEN/ファースト・ジェネレーション』がヒットした後、その続編は自分で作ったりと、不誠実なスタンスなんですよね。そこへ来ての本作での振る舞いです。個人的には、完全に嫌いな監督の一人となりました。
Queenの再現度が凄まじい
本作で目を引くのは、やはり、主役たるQueenの面々の再現度でしょう。よくぞここまで似た俳優さんを見つけてきたものだと思います。
しかも、演技も素晴らしい。
特に、ラミ・マレックのフレディは、ビジュアル的にはちょっとご本人よりも華奢に見えますが、それを差し引いても、普段のちょっと内気そうな振る舞いから、所作や言葉使いの端々に現れる、ゲイ特有の色気、そして、ライブでのダイナミックなアクションまで、フレディ完全再現と言っても過言ではないレベルですね。
そのほか、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ロジャー・ディーコンらも、Queenをよく知らない私が見る限り、ご本人と見分けがつかないレベルで、本当に舌を巻きます。
そんな彼らによるライブパフォーマンス、特に、クライマックスの【ライヴ・エイド】のシーンは、まさに鳥肌モノです!!
まとめ
ということで、『ボヘミアン・ラプソディ』のレビューでした。
正直、私自身としては、曲は好きでアルバムは聴くというくらいで、そこまでQueenに思い入れがあるわけではありません。
しかしながら、本作を観てしまった今となっては、もうこの凄まじいライヴを生で観ることは叶わないということが歯痒くて仕方がありません。
完全やられました。
また、劇映画としての物語も素晴らしく、特に、前半で描かれたフレディと父との間にある軋轢が解消される終盤のシーンでは、目から溢れ出る涙を止めることができませんでした。
そして、そんな感動の余韻を引きずったまま迎えるライヴ・エイドのシーンで本作は幕を閉じます。
最高です。
故人を偲ぶ作品は、得てしてしんみりとした後味になりがちなのですが、本作は最高に盛り上がるシーンで幕を閉じることで、作品上はしんみりせず、むしろ最高潮の状態で終わっています。
しかしながら、いえ、だからこそ、観終わってから、この後のフレディのことを思うと、また泣けてくるのです。
ありがとう、フレディ・マーキュリー。
ありがとう、Queen。
音楽映画に、また新たなマスターピースが生まれました。
心の底から、オススメです!!