現代の問題をえぐり出す傑作サイバーパンク『攻殻機動隊S.A.C/Solid State Society』
どうも、とりふぁです。
タイトルの通り、本日ご紹介するのは、士郎正宗さんが生み出し、今なお絶大な人気と影響力を誇る傑作漫画『攻殻機動隊』を原作とするアニメシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の三作目にして、初の長編作品『攻殻機動隊S.A.C/Solid State Society』なわけですが……正直、荷が重いです(; ̄ェ ̄)
というのも、今や『攻殻機動隊』は、様々なメディアで、多数のクリエイターがそれぞれの解釈で物語を紡ぐ巨大な母体となっていると同時に、その強烈かつ緻密なリアリティにより、未来を予言……というか、むしろ、現実の方が『攻殻機動隊』の世界をモデルとして動いているような感じになってきていますし、私自身、そんな巨大コンテンツを完全に把握できていないどころか、各作品の理解も不十分だと思うんですね(^◇^;)
でも、大好きなシリーズですし、中でも、神山健治監督による一連のS.A.Cシリーズは最も好きな『攻殻機動隊』なので、私の【ゴーストの囁き】に従い、なんとか頑張って語ってみたいと思います。
『攻殻機動隊S.A.C/Solid State Society』のあらすじ
【笑い男事件】や【個別の11人事件】など、国家を揺るがす巨大犯罪を解決してきた攻性的防諜機関、公安9課を草薙素子少佐が去ってから2年。
部隊はトグサを隊長として再編されており、日夜、犯罪と戦う毎日を送っていた。
そんな中、彼らが追っていたテロ計画についての取り調べを受ける予定になっていた、シアク共和国のカ・ゲル大佐が、突如として新浜国際空港にて、空港職員を人質に立て篭る事件が発生。
トグサらは大佐を包囲することに成功するが、直後、大佐は「傀儡廻(くぐつまわし)が来る!」と叫び、拳銃自殺をしてしまう。
そして、その外では、混乱に陥る現場の一部始終を、失踪中だった草薙素子が見守っていた——。
「忠告しておいてあげる――Solid Stateには近付くな」
レビュー
攻殻機動隊という作品
『攻殻機動隊』は、脳内にマイクロマシンを注入することで、デバイスを用いずに各種ネットワークや機械を操ることができるという【電脳化】の技術や、その応用として、肉体を機械部品と交換して身体能力の底上げをする【義体化】などの技術が一般的となった近未来の日本が舞台のSF作品です。
幼少期より脳と脊髄以外を全身義体化した(※その理由は作品により異なります)、世界有数のハッキングの腕前と義体操作術を持つ草薙素子少佐率いる公安9課が、この世界観ならではの事件に遭遇し、合法違法を問わず様々な方法で捜査し、解決していくというのが物語の基本構造です。
物語のテーマも作品によって様々ですが、原作や、押井守監督作による劇場版『攻殻機動隊/GHOST IN THE SHELL』を初め、多くの作品では、【身体が機械と交換可能であり、記憶までもデータと交換可能であるとするなら、命とは何か、そして、自分を自分たらしめるものは何なのか】という、未来の哲学がメインテーマとなっています。
あるいは、そこから発展した『イノセンス』では、【肉体なき相手を愛せるのか】という、未来の恋愛もテーマになりました。
そんな風に、基本的には、まだまだ先の未来で起こりうる問題や哲学の思考実験的な側面のあるシリーズが攻殻機動隊なのですが、中でも神山健治監督による『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』は、そうした要素を多分に含みつつも、メインテーマは、より現代的な諸問題となっていることが特徴だと私は思っています。
そして、だからこそ、私はこの『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』シリーズが、増幅し続ける『攻殻機動隊』シリーズの中でも最も好きなのです。
STAND ALONE COMPLEXとは?
『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』のサブタイトルである【STAND ALONE COMPLEX】という言葉ですが、個人的には、三つの意味がかけられたトリプルミーニングだと考えています。
以下で、私なりに考えた三つの意味を解説してみますね。
・【孤独であることの劣等感】
まず一つ目は、【STAND ALONE(孤立、孤独)であることへのCOMPLEX(劣等感)】という意味。
作中の世界は、全世界の至るところへネットが張り巡らされることにより、誰もが、簡単に誰かと繋がることができる世界になっています。
しかし、そのようなシステムが構築されたとしても、誰もが誰かと【本当の意味で繋がることができる】とは限りません。
いえ、表面的には繋がりやすいからこそ、むしろ、深層のところで繋がるということが難しくなっているとも言えるかもしれませんね。
繋がることによる孤独。
そして、そこに生ずる劣等感。
それが、一つ目の【STAND ALONE COMPLEX】です。
・【個別の意思の集合体】
二つ目の意味は、作中でも言及されている【STAND ALONE(個人=個別の意思)のCOMPLEX(集合体、複合体)】という意味です。
これは、要するに社会のことを言い換えたものです。
どういうことかというと、私達人間は、それぞれがそれぞれの個別の意思に基づいて生活しているわけですが、その個別の意思が集まることで、大小様々な社会を形成しているということです。
社会を細分化していくと、個人個人が社会を形成する理由や、なぜその社会に属しているのかという理由、また、その社会で何がしたいのかということなどは完全に別物なわけですが、それが社会という集合体になると、そういった部分はなかったことになってしまい、残るのは【社会という結果だけ】になってしまう。
転じて、それぞれがそれぞれの理由で、【同じことをしてしまう】。
それが、二つ目の意味です。
ここまでで分かったかもしれませんが、この二つの【STAND ALONE COMPLEX】は、現実社会でも、既に問題として顕在化していますよね。
例えば、一つはSNSの普及です。
私もそうですが、ネットユーザーの多くの者がSNSを通じて【誰かと繋がる】ことを求め、そこに快感を得ています。
しかし、そこで【孤立してしまう】と、心に深い傷を負い、場合によっては、【犯罪に走ったり、自ら命を絶ってしまう】ということもありますよね。
そして二つ目は、【複数の個人によって同時多発的に起こる同じような攻撃】です。
こう書くと難しく感じるかもしれませんが、分かりやすい例で言えば、最近もまた話題になってしまった、ネットを介した、特定の個人に対する誹謗中傷です。
誹謗中傷というのは、多くの場合、それぞれの人物が、それぞれの理由や背景をもって、それぞれが嫌いな相手に対する攻撃を行うという、【極めて個人的な攻撃】なわけですが、それが、インターネットの普及により、個人的な攻撃が集合することで、極めて大きな攻撃と化すようになってしまったのです。
あるいは、最近はあまり見なくなりましたが(報道されていないだけかもせれませんが……)、一時期、通り魔的事件が頻発したことも本質的には同じだと私は考えています。
通り魔事件は、【それぞれがそれぞれの理由で犯行に及ぶ】わけですが、その結果は無差別殺人という一つの行為に帰着します。
これもまた、一つの【STAND ALONE COMPLEX】でしょう。
・【公安9課】
そんな【STAND ALONE COMPLEX】により引き起こされる事件に立ち向かうのが、三つ目の意味【STAND ALONE COMPLEX(個の集合体)としての公安9課】です。
物語の主役たる公安9課は、総理大臣直下に作られた、テロリズムに対し、攻性かつ最優先に行動することを目的とした、少数精鋭部隊のことです。
彼らは、それぞれが独自の経歴と技術を持ち、それぞれの思考に従って日々の捜査活動を行なっているわけですが、ひとたび、隊長である草薙素子の号令がかかれば、それぞれがそれぞれの能力を存分に発揮し、草薙素子を脳とする一つの身体のように作戦行動を実行します。
まさに、【個の集合体として動くことのできる部隊】が、公安9課なのですね。
【STAND ALONE COMPLEX】による事件を【STAND ALONE COMPLEX】な部隊が解決する。
それが、『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』シリーズなのです。
Solid State Societyのテーマ
そんな『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』シリーズの第三弾にして、初の長編作品が、本作『攻殻機動隊S.A.C/Solid State Society』です。
そして、本作も、やはり『攻殻機動隊』ならではの近未来サイバーパンクな世界を使って、今の日本が抱える問題を鋭くえぐり取り、我々の目の前に突き出してきます。
一作目で描かれた情報の並列化問題、二作目で描かれた移民問題に対し、今回突き付けられるのは、少子高齢社会と、児童虐待問題ということで、前二作よりもグッと身近な問題が本作のテーマとなっています。
しかも、その問題に対し『攻殻機動隊』的な解釈の上で【ほぼ完璧に見える解決策】まで提示して見せるわけですが、そこで終わらせてくれないのが本作の凄いところです。
というのも、主役たる公安9課は、その【ほぼ完璧に見える解決策】を打倒し、告発する立場として本作に関わってくるのですから。
だからこそ、それを観た我々は「では、どうすべきなのか?」ということを考えずにはいられなくなるのです。
問題をえぐり取り、解決策を提示し、それを打倒することで、最終的には、テーマに対する結論を鑑賞者へ投げ返してくる。
それが本作なのです。
しかし、そんな高尚なことを高尚なままにせず、エンタメとして極めて優れた形で送り出しているところも、本作の魅力なんですよね。
点が線になる快感とダイナミックなアクションの快感
『攻殻機動隊』で扱われる事件は、複雑怪奇にして曖昧模糊なものが多く、また、複数の組織や人物が絡んでくるため、ぶっちゃけた話し、観ている間はついていくのに必死ですし、なんなら、私は途中で置いてけぼりを食うことも多いです(^◇^;)
しかし、それでも最後には様々な点が線で繋がり、複雑怪奇に見えた線もスッキリと整理され、曖昧模糊としていたはずの事件の全体像が、確かに一つの絵を結ぶのです。
その快感ときたら……!!!
さらに、事件の要所要所では、『攻殻機動隊』ならではのダイナミックな近未来戦闘が描かれるのですが、そのカッコよさや動きの気持ち良さによる快感も凄まじいです。
特に、本作の場合は二作目のラストからの流れを組む展開も相まって、最後の突入シーンは感動すら覚えました。
その他にも、監視衛星を介した狙撃戦や、お決まりの光学迷彩を駆使したアクションなど、SFアクションとしての面白さもきっちりと担保されています。
この、どこを切っても骨太かつ難解なサイバーパンク作品であるにも関わらず、同時にエンタメとしても最上級であるという絶妙なバランスは、まさに完璧です。
まとめ
ということで、『攻殻機動隊S.A.C/Solid State Society』のご紹介でした。
『攻殻機動隊』シリーズは、いつか来るかもしれない時代と、そこで起こりうるかもしれない問題を描く思考実験のような作品ですが、そんな中でも『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』シリーズは、描かれている問題が現実と極めて密接に関わっていて、とても興味深いです。
それでいて、エンタメとしてももちろん面白い作品ですので、『攻殻機動隊』に触れたことがない方には、是非とも触れてみて頂きたい作品です。
ちなみに、今回ご紹介した作品は、直接的にS.A.Cの過去シリーズと関わる作品でもあるので、最低でも『攻殻機動隊S.A.C/2ndGIG』は観ておくのをオススメします。
といっても、結構長いシリーズですので、もしササっと観たいという方は、2ndGIGのメインとなる【個別の11人事件】のみをまとめた『攻殻機動隊S.A.C 2ndGIG/Individual Eleven』という作品がオススメです(シーズン1の【笑い男事件】だけをまとめた『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX/The Laughing Man』というのもあります)
ちなみに、このS.A.Cシリーズは、今年から、NETFLIXにて『攻殻機動隊S.A.C_2045』という新シリーズが公開になっています。
www.ghostintheshell-sac2045.jp
この機会に、『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』シリーズにどっぷり浸かるのもアリじゃないですかね?(笑)