まさに狂気——77分間のリアルワンカットアクション『狂武蔵』
どうも、とりふぁです。
皆さん、坂口拓というアクション俳優(兼アクション監督)をご存知ですか?
『VERSUS-ヴァーサス-』という作品で鮮烈なデビューを飾り、その後も独自の【リアルアクション】を追求する、唯一無二のアクション俳優として、知る人ぞ知るカルト的人気を誇っていたのですが、2013年に俳優業を引退してしまいます。
その後、2014年に【戦劇者(本物の世界の殺しの技を体得した上で、それを映画内で表現する者という意味)】TAK∴として復帰し、以降、当ブログでも少し触れた『RE:BORN』や、人気漫画の実写化作品『キングダム』、または、自身のYouTubeチャンネル『たくちゃんねる』などで、鑑賞者の度肝を抜く【リアルアクション】を披露し続けている人です。
↑この記事の中で『RE:BORN』をご紹介しました
そんな彼が、一度は俳優を辞めてしまう、その理由となった作品が、今回ご紹介する『狂武蔵』であり、そして本作は、9年という時を超えて【奇跡的に公開に漕ぎ着けた】作品でもあるわけです。
鑑賞後、いくつかレビューを読んでみたのですが、評価はバッコリ割れている感じでした。
しかし、その理由は明白で、要するに【本作の成り立ち】を知る者と知らない者との間で評価の差が分かれているのです。
本来、映画は、出来上がった作品が全てで、そこのみで評価するのが妥当だとは思うのですが、本作のような特殊な成り立ちを持ち、そして、その成り立ちがダイレクトに作品自体に反映されている作品は、その成り立ちも含めて評価すべきだと私は思います。
そんなわけで、珍しく前置きが長くなりましたが、今回は、そういった成り立ちも含めて、自分にできる限り、全力で『狂武蔵』をご紹介しようと思います!!
※本記事の前半は、『狂武蔵』の制作経緯説明なので、経緯は知っているから、感想が読みたいという方は、『リアルアクションだからこその攻防の妙を楽しめ!』からお読みください
『狂武蔵』のあらすじ
慶長九年。
剣の道を生きる者なら、誰もが知る吉岡道場に、激震が走った。
時の当主、吉岡清十郎ならびに、その弟である伝七郎という二人の実力者であり、吉岡の血を継ぐ者が、素性も知れぬ浪人に切り伏せられたのだ。
これにより、面目を潰された吉岡道場は、まだ齢十二の少年、吉岡源次郎を当主に祭り上げ、浪人へと果し状を送り付けた。
三度、吉岡が負けたとあれば、もはや道場のの存続はない。
後のない吉岡一門は、門弟100人と、金で雇った他流派300人の、合わせて400人もの手勢を用いて、浪人を迎え撃つことにする。
浪人の名は、宮本武蔵。
後の世に、最強の剣豪として名を遺す者である——。
「さぁ……始めるか」
企画が頓挫した幻の侍映画『剣狂-KENKICHI-』
本作は、もともと、園子温監督脚本の侍映画『剣狂-KENKICHI-』として企画がスタートした作品でした。
詳しい物語等は不明ですが、この時点での主人公は宮本武蔵ではなく、また、もちろん77分間のワンシーンワンカットのある作品でもありません。
分かることとしては、10分間のワンシーンワンカットかつアドリブのアクションシーンが撮られる予定だったということです。
そのシーンの撮影のために、坂口拓や、彼の率いるアクションチーム【ゼロス】のメンバー達は、1年間、アクションシーンのためのアクション、つまりは【当てないアクション】ではなく、【本当のアクション=当てるアクション】の訓練を積んでいました。
しかし、彼らの準備が終わった段階で、すでに、紆余曲折の末、監督は園子温から坂口拓に変更されており、さらには、企画自体もなくなることが決定していたのです。
そのこともあり、精神的にボロボロ状態だった坂口拓ですが、スタッフ達が集まった場で、機材や場所の押さえられる残りの期間を確認した上で、このようなことを言い出したそうです。
「長編になるよう、70分以上やるから、一緒にやってくれないか? やってくれる人だけでいいから」
そう、坂口拓は、残された期間と残された人、物を使って、日の目を見るかどうかもわからないアクションシーンを撮ることにしたのです。
ここまでやってきた自分と仲間達のために何かを残したい。
そんな気持ちだったのかどうかは本人しか分かりませんが、しかし、彼のその言葉を受け、スタッフもアクションチームも、全員が「やろう」と残ってくれたとのことでした。
とはいえ、そんな状況ですから、ちゃんとした撮影や編集ができるわけもなく、だからこその苦肉の策として、77分間ワンシーンワンカットオールアドリブという、まさに気の狂った撮影が行われることになったのです。
77分間の死闘! オリジナル版『狂武蔵』
そうして、スタッフ一同、最後の挑戦とも言える心意気で臨んだ本作ですが、この挑戦が決定した時点で、それまでの物語は破棄され、70分超えのアクションシーンにストーリーを持たせるため、宮本武蔵のエピソードの中でも特に強烈な【一乗寺下り松の決闘】に、さらに過剰とも言える人数差の脚色を加えた物語が作られたのが、『狂武蔵』のストーリーラインでした。
もっとも、本作の場合、ストーリーラインとは言っても、それはあくまでもアクションのために用意された便宜上の設定という以上の意味は持っていません。
稀代のアクション俳優、坂口拓が、400人の敵(※敵役は100人ほどで、斬られてははけ、はけては斬られを繰り返して400人の刺客に見せています。ちなみに、実際に斬った数は588人に上ったそうです)を相手に、70分以上もの長尺を、【アドリブで斬りまくる】空前絶後の挑戦こそが全てです。
しかし、アドリブとはいえ、それは完全に自由というわけではなく、敵役に怪我をさせないためや、時間や空間に間を開けないよう、ある程度の約束事はありました。
それは例えば、役者ごとに設定されたパッドの位置(=攻撃可能な位置)であったり、時間や空間に間が開きそうな場合は、上段で構えたまま突っ込んでくる雑魚兵をひたすら胴切りで斬り抜けることで間を埋めるというようなことだったようです。
しかし、誰をいつ坂口へ向かわせるかは、全て、その場その場の判断で、アクション監督を務めたカラサワイサオが指示を出しました。
さらに、カラサワイサオは、もしも何かしらのアクシデントが起きた場合は、画面内に登場し、武蔵を斬り捨てるという保険兼ラスボス役も担っていたのです。
もっとも、撮影は奇跡的に上手くいき、その保険が登場することはありませんでした。
そうして作られたオリジナル版の『狂武蔵』は、本来なら日の目を見ることなくひっそりと仕舞い込まれるはずでしたが、実際は、【坂口拓引退興行】ということで、特殊効果や音響効果もない生映像のまま、極めて限定的に上映されました。
坂口拓引退、そして
そんな『狂武蔵』の撮影直後、心身ともにズタボロとなった坂口拓は、ある種の燃え尽き症候群のような症状に陥り、そのまま、俳優を引退します。
それからしばらくした頃、『狂武蔵』の撮影で、剣術に関するアドバイスを行った稲川義貴氏(米軍特殊部隊や自衛隊などの格闘教官を務めたこともある、戦闘のスペシャリスト)から、坂口拓へ声がかかったのです。
「もしその気があれば、僕と一緒に、零距離(ゼロレンジ)やってみませんか?」
この一声で、坂口拓は稲川義貴へと師事し、氏が創設した【零距離戦闘術(ゼロレンジ・コンバット)】と呼ばれる、軍事格闘術を習得するに至ります。
それにより、本物の技術の凄みを知った坂口拓は、ついに、自らの求めていた【リアルアクション】の道に活路を見出し、【本物(リアル)の技術を、嘘(フィクション)の世界に持ち込み、魅せ、広める者】=【戦劇者】としての道を歩むため、『RE:BORN』にて、映画界に復帰することになるわけです。
『狂武蔵』復活
その後の坂口拓の活躍は割愛させてもらいますが、彼が復帰したことで、彼に魅せられた人々により、幻の作品となっていた『狂武蔵』をも復活させようという動きが起こります。
後に株式会社WiiBERを立ち上げ、本作のプロデューサーも担当することになる太田誉志と、『狂武蔵』の作品としての完成度を上げるために、追撮部分も含めて監督することになる下村勇二の二人が主となり、坂口拓の前所属事務所に版権があった『狂武蔵』の版権を買い取った上で、完成度を上げ、上映するための予算を確保するためのクラウドファンディングを立ち上げます。
結果、クラウドファンディングは目標の倍以上の金額を達成し、再映画化のみならず、全国公開への道筋が出来上がります。
これにより、音響効果の追加や、オリジナル版では木刀のままだった刀や、血飛沫等のCG処理はもちろんのこと、さらには、『キングダム』にて坂口拓、下村勇二両者との絆が生まれた山崎賢人の参加も決定し、本編の導入部および、本編のラストシークエンスの追撮までされた上で完成したのが、今回の『狂武蔵』なのです。
これだけの紆余曲折を経て作られたからこそ、本作は、本編の描写のみで評価することが非常に難しい、歪な作品に仕上がっているのです。
しかし、だからこそ、それを知った上で観る本作には、非常に独特な、それでいて、極めて強力な魅力があるのです。
その魅力をこそ楽しむことが、本作の正しい楽しみ方ではないでしょうか?
少なくとも、私はそう思います。
……本作の成り立ちについての説明が非常に長くなりましたが、以下、私自身の感想です!
リアルアクションだからこその攻防の妙を楽しめ!
本作を観て、まず「面白い!」と感じたのが、坂口拓演じる宮本武蔵が、ガンガンフェイントを使うということでした。
右の相手に視線を合わせておいて、左の相手を斬る。
上段を斬ると見せかけて、脚を斬る。
そういった、フェイントを巧みに織り混ぜることで、並みいる敵達を一人一人斬り伏せていく様は、まさに、本当に相手を倒さなければならないリアルアクションならではの楽しさだと思います。
普通のアクション映画では、ここまでフェイントにフォーカスされることはまずないでしょう。
視線や動きで相手を誘導し、斬りやすい状態にして斬る。
それはまさに、殺陣では観ることのできない、本物の戦いの姿です。
ちょっとゲームっぽい?
そして、観続けるうちに思ったことは、段々と、映画というよりも『ダークソウル』や『ブラッドボーン』などの、いわゆる【ソウルライク(強敵との一対一の戦闘にフォーカスしたアクションRPGジャンル。難易度が高めなため、死にゲーと呼ばれることも)】っぽく見えてくるな、ということでした。
それはもちろん、坂口拓の背後を追うようなカメラワークが多用されることや、何より、ワンカットであるということも大きく影響しているとは思いますが、それに加えて、オールアドリブだからこその【パターン化】というのも一つの理由だと思います。
というのも、それこそゲームなどでもそうですが、人間、何かを次々とこなそうとすると、得意なパターンで処理したくなるもので、本作における坂口拓のアクションにも、そうした部分が多分に現れているのです。
例えば、前述した上に意識を向けての下段斬りや、刀を片手持ちして、リーチを伸ばした上での脳天カチ割り、あるいは、相手の刀の上に自分の刀を被せ、相手の刀の上に自分の刃を走らせて手や喉を斬る。または、足払いで相手をよろめかせて背中を叩き斬るなどの技術は、本作中、何度も何度も出てくる、まさに坂口拓の得意パターンです。
それはおそらく、坂口拓の得意技ということもあるのでしょうが、制作過程の段でも書いた、敵役それぞれの防御パッドの位置にも関係しているとは思います。
あるいは、途中何度か訪れる、胴斬り連発シーンなどもパターンの一つですね。
基本的には、こうしたパターンの積み重ねが本作の大部分であり、だからこそ、私はゲームのようだと思ったのだと思います(ゲームって、結局、膨大なパターンのやり取りですから)。
そして、このパターン化を指して【代わり映えのしないアクション】と切り捨てることは簡単ですが、限られた時間とスタッフの中、それでも挑戦したオールアドリブアクションだからこその味、だと私は思います。
むしろ、そんな中で、ところどころ起こる、奇跡的なほどに美しいアクションに私は心を奪われました。
しかし、終盤は、そこにさらにまた違ったモノが現れてくるのですが……!
坂口拓覚醒! 限界を超えた人間が魅せる無の境地
そんな風に、基本的にはいくつかのパターンを組み合わせるように進むアクションなのですが、それが、ある時を境にまた違った面を見せてきます。
というのも、終盤、誰の目にも明らかに、坂口拓の動きや表情が変わるのです。
目がギラギラとし、体は軽やか、かつ自由自在に、刀の振りはさらに速く。
そして、明らかに【相手を見ていない】。
インタビュー等で、坂口拓自身がその状態を「ゾーンに入って、すべての動きを感じられるようになった」と語っているのですが、アレはまさに、一流のアスリートや達人が、限界を超えて究極の領域へ足を踏み入れた際に見せる、無の境地なのでしょう。
もう既に50分以上も刀を振い続けてきたとは思えぬ、その動きの自在さとキレは、観ていて恐ろしくなるほどで、そしてそれは敵役達も同じだったらしく、途中から、敵役達が尻込みしてしまう様子も映っています。
そして、そんな敵役達へ向かい、坂口拓は、クイッと何度も手招きするのです。
「ビビってねぇで、さっさと来いよ」
とでも言うかのように(インタビュー等によると、まさにそういう感情だったようですね)。
あの極限状態の戦いは、多分、今後映画の中で観ることは一切出来ないものでしょう。
そう、本作は、人間が限界を超える瞬間と、超えた後の恐ろしさまで観せてくれるのです。
こんな作品、他にあります???
現代邦画チャンバラの最高峰を観よ!
そして、77分に及ぶ死闘が終わると、物語は7年後に移ります。
そこには、すべてを経験し、新たな道を歩み出した”今の”坂口拓の姿が。
実際には9年という年月が流れ、その中で大きく成長した坂口拓が演じる、最強となったあとの武蔵の姿は、はっきり言ってもう、説得力がエグいレベルです(笑)
そこから始まるラストシークエンスは、【零距離戦闘術】をマスターし、心身ともにきわめて強力になった坂口拓と、彼率いるアクションチーム、そして、下村勇二監督による、まさに現代最高峰のチャンバラアクションとでもいうべきものです。
ワンシーンワンカットのアドリブアクションという頸城を振り切り、キレッキレの殺陣とカット割りが炸裂するこのシーンは、今後、まず間違いなく製作されるであろう、彼らによる【新たな侍映画】への期待を大いに高めてくれること請け合いです。
今後しばらくは、これを超えるチャンバラアクションを観ることはできないでしょうが、しかし、いつかこれを超えるものを坂口拓や下村勇二が魅せてくれるであろうことは確実ですね。
まとめ
ということで、『狂武蔵』のご紹介でした!
撮影開始5分で人差し指の骨が折れ、終わってみれば、肋骨まで折れ、さらには奥歯がサラサラと崩れて落ちたとまで言われる77分間のワンシーンワンカットアクションは、その出来如何以上に、一人の男の戦いのドキュメントとして見応えがあり過ぎるほどです。
ちなみに私は、終盤は、なんだかよく分からない涙を流しながら観ていました(笑)
それほどまでに、圧倒される力のある作品ということです。
なにせ特殊な作品ですから、観る人は選ぶでしょうし、観たあとの評価も難しいものがあると思います。
しかしながら、一人の人間が、己の限界に挑戦し、それを破り、文字通り、人としてぶっ壊れるほどの経験をした、その77分間が焼き付いたフィルムというのは、世界中どこを探してもコレ一本でしょう。
それだけでも、本作がいかに稀有な作品かがわかると思います。
作品としての是非は置いておいて、とにかくまずは観てください。
そして、来るべき坂口拓の新作に、大いに期待しようじゃありませんか!!
※本日ご紹介した『狂武蔵』は、2020/9/6現在、全国の映画館で上映中ですが、おそらくあと1週間ほどで上映終了でしょうから、時間を作って、是非ご覧ください!
本記事の作成に当たり、『狂武蔵』の公式ブログを大いに参考にさせていただきました。
非常に読み応えのある記事ばかりですので、こちらも合わせてご覧ください↓