『LOOP/時に囚われた男』は誰のループなのか。
物語の一つのジャンルとして、【タイムループモノ】というのがあります。
何らかのキッカケにより、「主人公が同じ時間軸を繰り返す」というアレですね。大体の場合、まずは悲劇的な結末が示され、そこでループがスタート。そして、何度も何度も同じ時間を行ったり来たりしながら、悲劇的な結末を回避するためにアレコレ試すというパターンがお決まりです。
このパターンの物語は、ルールが明確なぶん、一定の面白さが保証されているという印象がありますね。
高校生の甘酸っぱい青春を描いた、細谷守監督版『時をかける少女』(すいません、大林宣彦監督版は未見です……)、映画史上最も切ないハッピーエンドというキャッチコピーで有名な『バタフライ・エフェクト』、時間だけでなく空間まで固定された状況が面白い『ミッション:8ミニッツ』、死に覚えゲー(難易度の高いダンジョンを、何度も死にながら攻略していくタイプのゲーム)的発想で魅せる『オール・ユー・ニード・イズ・キル』。あるいは、鑑賞者だけがループを知っているという変わり種、『ラン・ローラ・ラン』なんていうのもありました。
比較的有名なものを中心に挙げてみたのですが、これらは、どれも非常に面白い作品です。もし、未見のものがあればぜひ。
しかしながら、【タイムループモノ】はその明確なルールがあるからこそのデメリットもあります。
何作か観てしまうと、「ああ、このパターンのやつね」と言った感じで、ある程度先が読めてしまったり、初見であるにも関わらず、既視感のあるシチュエーションが出てきたりしがちなのです。
それゆえに、その明確なルールの中で、そのルールに乗っかってみたり、逆に、思い切って外れてみたり、斬新な設定や他ジャンルの要素を加えてみたりと、いかに【ルールで遊ぶか】がこのジャンルのキモとなります。
そして、今回ご紹介するハンガリー映画、『LOOP/時に囚われた男』(原題は『HUROK』。ハンガリー語で、「繰り返し、ループ」という意味だそうです)は、その意味で、かなり斬新な遊びに挑戦している作品でした。
『LOOP/時に囚われた男』のあらすじ
薬の密売人、アダムには、ある計画があった。今回入ってきた大口の仕事で、元締のデシューを裏切り、恋人のアンナと共に新天地を目指すつもりなのだ。
しかし、計画実行のまさにその時、想定外のことが起こる。
アンナの妊娠が発覚し、新天地へは行きたくないと言い出したのである。
計画は既に動き出してしまっている。アダムは、迷うことなくアンナに中絶を進め、彼女を部屋から追い出し、自らの逃亡準備を整える。
全ての準備を整え、部屋を出ようとするアダムだったが、逃亡用のチケットがないことに気付く。
アンナが持ち去ってしまったのだ。
悪態をつきながらもアンナを追うアダムであったが——。
「どうして生きているの、アダム? あなたは、さっき死んだのに?!」
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レビュー(ネタバレなし)
※ストーリー展開についての具体的なネタバレは避けていますが、序盤のストーリー、および、本作のタイムループにおける設定については触れてしまっています。それを知っていても面白さが損なわれるということはないとは思いますが、完全にまっさらな状態で鑑賞したい方はご遠慮ください。
さて、本作ですが、前書きでも書いた通り、かなり斬新な遊びに挑戦しています。
その遊び(=設定)は、以下の3つです。
- 時間が、リセットされながらも継続している
- 同一時間上に同じ人物が複数存在する
- どうやら、主人公がループの中心ではない
これだけでは分かりにくいと思いますので、一つ一つ見ていきましょう。
1.時間がリセットされながらも継続している
これ、実際に観てみないと、かなり分かりにくい部分です。あるいは、観たとしても、感覚的には理解できても、論理的には理解できないかと思います。
間違いなく、本作最大の難解ポイントでしょう。
冒頭のシーンを使って、具体的に見てみます。
- まず初めにアンナが部屋を飛び出し、少し遅れて、アンナを追う形でアダムが部屋を飛び出す。
- その後、アダムはアンナとぶつかる。しかし、アンナはアダムが死んだところを見たという。
- 会話の途中で、突如、横から来た車とアンナが衝突。アンナ死亡。
- 紆余曲折の末に部屋に戻ってきたアダム。しばらくして、デシューと共にアンナが部屋に戻ってくる。
- デシューがアダムを射殺。アンナは再び部屋を飛び出す。
- アンナがアダムとぶつかる。
- 2に戻る。
こうです。分かりますか?
アダム視点で物語、というよりも時間を見ていくと、アダムが撃ち殺された時点でリセットがかかり、1のシーンに【時間ごと戻る】。これが、よくあるタイムループモノのパターンです。
しかし、本作ではそうなっていません。
アダムが撃ち殺されたと同時に、アンナへと視点が移動し、【時間は進んだまま】で、【再び、アダムとぶつかる】のです。
のみならず、そこに至るまでの過程の中で、【死んだはずのアンナまで再び登場】してしまいます。
こうなるともう、「訳が分からないの2倍」みたいな状況ですよね。
次の節では、なぜこんなことになっているのかをご説明します。
そして、これが、二つ目の設定【同一時間上に同じ人物が複数存在する】とも繋がる部分になるのです。
2.同一時間上に同じ人物が複数存在する
さて、前述の「訳が分からないの2倍」な状況を多少なりとも分かりやすくするために、アダムとアンナに、便宜上のループ番号を振って、もう一度同じシーンを見てみましょう。 (物語の構造上、実際は何度目のループなのかが分からないので、あくまでも便宜上です)
- まず初めにアンナ②が部屋を飛び出し、少し遅れて、アンナ②を追う形でアダム②が部屋を飛び出す。
- その後、アダム②はアンナ①とぶつかる。しかし、アンナ①はアダム①が死んだところを見たという。
- 会話の途中で、突如、横から来た車とアンナ①が衝突。アンナ①死亡。
- 紆余曲折の末に部屋に戻ってきたアダム②。しばらくして、デシューと共にアンナ②が部屋に戻ってくる。
- デシューがアダム②を撃ち殺し、アンナ②は再び部屋を飛び出す。
- アンナ②がアダム③とぶつかる。
- 2に戻る。
どうでしょう? 少しは分かりやすくなったでしょうか?
要するに、「訳が分からないの2倍」な状況は、複数存在している同一人物を、全て同じ存在だと見てしまったことが原因だったのです。
例えば、1から2のシーン。
これを観ている我々、そして、アダム自身すらも、1で追いかけたアンナと、2でぶつかったアンナは同じアンナだと思ってしまいます。
しかし、実際は、1で追いかけたアンナと2でぶつかったアンナは、別のアンナなのです。
そして、1で追いかけたアンナは、どこかの時点でデシューに捕らえられ、4のシーンで、初めてアダムと再会するのです。
本作では、この様なミスリードや伏線が多用されており、それが、独特の魅力になっています。
それでは、いよいよ三つ目の設定のお話に入っていきましょう。
3.どうやら、主人公がループの中心ではない
本作は、今までの二つの設定だけでも、十分に斬新なタイムループモノなのですが、そこにもう一つ、よく見ないとわからない設定が加えられています。
それが、【どうやら、主人公がループの中心ではない】というものです。
「どうやら」とついているのは、他の二つの設定のように、劇中で、はっきり分かるシーンがないためです(本当言うと、一つ二つはあります)。
ここで、便宜上のループ番号付きでのシーン解説2と6の大事な部分を抜き出します。
2. アダム②はアンナ①とぶつかる
6. アンナ②がアダム③とぶつかる
もう分かりましたね。
そう、このシーンにおいて、アンナはアダムの一つ先のループにいるのです。
ちなみに、この時とアンナは、どちらも【撃ち殺されたアダム】を見ているので、アダムの方がループが早いのでは? と思う方もいるかもしれません。
ですが、アダムが撃ち殺されるのは、常に時間軸の終盤になるため、やはりアンナの方がループが早いのです。
このことから、【どうやら、主人公がループの中心ではない】ということが見えてくるのです。
では、一体、誰がループの中心なのでしょう?
アンナでしょうか?
そう考えるのが、最もしっくり来る気がします。
しかし、【そうではない】、と言うのが私の考えです。
とはいえ、その答えは、観る人それぞれに委ねられているのも、この作品の面白さです。
ですから、ぜひ、あなたなりの中心を見つけてみて下さい。
まとめ
というわけで、極力ネタバレを避けつつ紹介してみたつもりですが、やはり、こういう一発勝負系の作品は何を書いてもネタバレになりかねないので、書き方が難しいところですね。
ここまで読んで、「十分ネタバレだよ!!」と思われた方がいたら、ごめんなさい(汗)
しかしながら、タイムループモノという、面白いけどマンネリしがちなジャンルに、三つの斬新な設定を加えた本作。
なかなか面白い作品でした。
正直、【同一時上に同じ人物が複数存在する】というのは、タイムループモノというより、タイムマシーンモノ(タイムマシーンを使って過去や未来を行ったり来たりする話し。タイムループモノとほ微妙にことなる)には結構ありがちなパターンです。
さらに、【主人公がループの中心ではない】という設定も、日本の某同人作品(今さらネタバレもクソもないと思うくらいの有名作品ですが、一応伏せておきます笑)で既にやられていることではあります。
しかし、その既存の二つの設定に、本当に斬新な設定【時間がリセットされながらも継続している】を加えたことで、エッシャーのだまし絵の如き、独自の世界観と魅力が生まれているのが、本作の優れた点です。
もちろん、あり得ない現象を描いているので、矛盾点やツッコミどころもなくはありません。
しかし、映画の良さは、【見たことのないものを見せてくれる】、【体験したことのないことを体験させてくれる】ことにこそあるのです。
その意味で、非常にオススメの一本です。
※今回紹介した、『LOOP/時に囚われた男』は、2019/10/2現在、アマゾンプライムにて無料配信中です。