ベネズエラの現実『ゼロ・アワー』
特に意図したわけではないのですが、うちのブログでは。ハリウッド以外の海外映画を紹介することが非常に多いですね(というか、ハリウッド製は3本くらいしか紹介してないかも?)。
映画館ではかからなかったり、あるいは、かかってもすぐ終わってしまうようなそんな作品達ですが、実際に観てみると、光るものも多く、お宝さがしみたいで楽しいです。
まあ、ぶっちゃけ、アマゾンプライムに入ってるからこそ、こういう宝探し的な見方に気軽に挑戦できるんですが(汗)
さて。今回はベネズエラの作品、『ゼロ・アワー』です。
昨日に引き続き、これまた表紙の『ワイスピ』的イメージと、実際に観てみた感じが違うと言ってもいいかもしれません。
『ゼロ・アワー/LA HORA CERO』のあらすじ
医師達のストライキ、ゼロ・アワーにより、国内の病院が機能していないベネズエラ。
そんな中、死神と恐れられる殺し屋のパルカと、彼率いるギャング団は、銃撃を受け、さらに、今にも出産しそうな妊婦、レディディを連れて病院へ向かう。
当然のことながら、正規の手順では医療的処置は受けられない。
そこで彼らは、病院を占拠し、無理矢理処置させようとする。
特殊部隊に包囲された病院の中で、パルカは全土の国民に訴える。
「ここへ来れば、医療を受けさせてやる」
やがて、ベネズエラ各地から治療を受けにやってくる人々。
彼らに聖人として持ち上げられるパルカだったが、特殊部隊による突入の時が刻一刻と迫るのだった――。
「アイツは英雄なんかじゃない。ただの"Sicario(殺し屋)"だ」
レビュー
本作は、殺し屋が血塗れの妊婦を連れて病院へ向かうシークエンスから始まります。
しかし、病院では医療従事者による大規模なストライキが行われており、まともな治療を受けられません。
そんな中、暴力に頼ることしか知らない彼がどうするのか、というのが本作の骨子です。
ストのために医療機関が機能していない。
こんなことは、あってはならないことだと思います。
しかし、その、あってはならないことこそが、ベネズエラの現実なのです。
いえ、むしろ現実はもっと酷いと言わざるを得ません。
ベネズエラの医療事情
詳しく書くと長くなってしまうため、ここでは避けますが、ベネズエラは、90年代末頃からの政治的失敗の連続により、もはや国が存続できないレベルの貧困状態に陥っています(ここら辺のことは、最後に参考リンクを貼っておきますので、興味を持たれた方は是非ご一読ください)。
そんな中ですので、当然のこととして、病院や医療の現場も劣悪な環境と化しています。
本作で描かれているストライキや、医療従事者の離職も多く、そのために、半ば閉鎖状態の病院も少なくないそうです。
また、辛うじて機能している病院ですら、優秀な医師の流出、設備の老朽化、医薬品はおろか、マスクや手袋のような消耗品ですら不足しており、まともな医療は、まず受けられない有様となっています。
本作では、限られた設備と人員で、なんとか治療を試みるシーンがありますが、もしかすると、現実では、それすら不可能なほどの状況があるのかもしれません。
治安維持すらできていない
本作の主人公、パルカは、いわゆるギャングのリーダーです。
つまりは、殺し、奪うことを糧にして生きているということです。
もちろん、許されることではありません。しかし、ベネズエラの現実を見るだに、そうとしか生きられない人々がいるのも、ある種、仕方ないとも思えてきます。
経済が崩壊し、医療も受けられず、衛生環境も劣悪。
事実、ベネズエラは殺人の発生率が非常に高く、世界一治安の悪い国とすら言われることもあります。
また、刑務所内でマリファナパーティが行われることもあるとのこと。
つまり、警察をはじめとする治安維持システムが機能していないのです。
そうした環境下で生きるには、奪われる側にならないためには、他人から奪うしかありません。
まとめ
今回は、映画の内容ではなく、ベネズエラの状況をメインに書いてみました。
最も、確かに危険な国であることは変わりませんが、当たり前のこととして、そこで普通に暮らしている人々もいます。
ですので、ベネズエラはあくまでも危険な国ではありますが、怖い国とは思わないでください。
日本で暮らしているぶんには、あまり意識しない、こうした国の現状を、ほんの一部だけでも知ることができる。
それもまた、映画の良さです。
私のように、本作がベネズエラの現状を知るきっかけになれば幸いです。
もちろん、映画としても普通に面白い作品ですよ!
※今回ご紹介した『ゼロ・アワー』は、2019/10/17現在、アマゾンプライムにて無料配信中です。
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