ナーメテーター映画の新たな傑作『Mr.ノーバディ』
どうも、とりふぁです。
私達映画好きは、しばしば、映画から様々な教訓を得ます。
例えば、なけなしの勇気を振り絞ることで状況が好転するとか、裏切り者は悲惨な目に遭うとか、旅先で見つけた廃屋には殺人一家が住んでいるとか、飛行機事故で助かってもいずれ死ぬとか、宿敵が実は父親とか、トム・クルーズが全力疾走すればなんとかなるとか……。
本当に、映画は人生に有益な教訓をくれるわけですが、中でも、私が一番気をつけている教訓は、【舐めてた相手が、実は殺人マシンかもしれないよ……】という教訓です。
というわけで、本日は、人生において最重要の教訓を教えてくれる、非常に教育的な作品、『Mr.ノーバディ』のご紹介です!
『Mr.ノーバディ』のあらすじ
ハッチ・マンセルは、どこにでもいる、うだつの上がらない、ただの家庭的な夫であり、父親だ。
日曜から土曜まで、毎日毎週、同じような繰り返しの毎日。
思春期まっただ中の息子は、日に日に彼へと失望を募らせ、妻とはもう何年も愛し合っていない。
唯一、幼い娘だけは、彼を慕い、癒しの時間をくれる。
そんな、本当にどこにでもいる、大したことない男(Nobody)だ。
そんなどこにでもいる男のありふれた日常に、ある夜、強盗が押し入ったことから、平凡な日常は暴力的な非日常へと変貌していく。
しかし、彼は意外にも、その非日常を【手慣れた様子】で乗り越えていく——。
「で、アンタ、何者なのさ?」
レビュー
みんな大好きナーメテーター映画
本作のプロットは、西部劇や時代劇が全盛だった頃から、幾度となく繰り返し繰り返し描かれてきた、【どこにでもいるただの人物が、実はメチャクチャ凄い奴だった】というものです。
それは例えば、日本人に馴染みのあるところで言えば、『水戸黄門』や『必殺』シリーズ、『忠臣蔵』なんかでも描かれているものであり、映画史的に言えば、あの名作『ランボー』すらこの系譜に当てはまるというようなものです。
つまりは、手垢のつきまくった題材なわけですね。
この手の作品は、最近では『映画秘宝』のギンティ小林さん命名するところの【ナメてた相手が実は殺人マシンでした映画】と呼ばれたり、『ターミネーター』をモジッて【ナーメテーター映画】などと呼ばれ、親しまれています。
ざっと作品を挙げていくと、『狼よさらば』『レオン』『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『96時間』『アジョシ』『ジャック・リーチャー』『ドライヴ』『ザ・ファブル』などなど枚挙にいとまがありませんし、考えようによっては『ツインズ』や『ダイハード』、『ボーン・アイデンティティ』あたりもそうと言えるでしょうし、あるいは、『バットマン』や『スパイダーマン』、『仮面ライダー』に『ウルトラマン』のような、正体を隠したヒーローなんかも当てはまるのではないでしょうか。
その他にもまだまだありますし、大枠ではそうではなくとも、例えば、敵が主人公に対してナメ腐った態度を取った挙句、酷いことになるというのは、どんなアクション映画にも多かれ少なかれあるシーンではありますよね。
なぜ、これだけ多くのアクション作品にこの設定(あるいはシーン)が取り入れられているのかと言えば、それはもう単純に、【みんな大好きだから!】としか言いようがないでしょう(笑)
じゃあ、なぜみんな大好きなのかといえば、【ただの人】とナメられているところから、一転して、【ガツンとやる】カタルシスというわかりやすい構図もありますし、または、敵達が主人公をナメ腐っている中、観客である自分達は【主人公が只者ではない】ということを知っているわけで、主人公と観客とをある種の【共犯関係】にしてしまうからというのもあると思います。
しかし、個人的に考える最も大きな要因は、観客の多く、もっと言えば、普通に日常生活を送っているほとんどの人が、【日常生活の中で多かれ少なかれナメられた経験がある】といものではないかなと思います。
そこへきて、一見普通でありながら、実は何かしらの凄い実力を持っている主人公と自分を、映画を通して同一視することで、日常生活へ戻った際、「お前、俺(アタシ)のことナメてるけど、俺(アタシ)が殺人マシンだったらどうすんの??」と、脳内で溜飲を下げることができるというのが、ストレスの捌け口として、非常に効率が良いんじゃないでしょうか?
というか、日常生活でナメられる度に、私はそうしてます(笑)
だからこそ、ナーメテーター映画は、過去から現在まで一定数のファンがいる=みんな大好きなんだと思います。
そんな常に人気ジャンル(?)なナーメテーター映画なのですが、実は、ここ10年くらいで、その人気に更に火をつけた作品があります。
『イコライザー』は、ただのホームセンターの一職員として働いている男が、ひょんなことから元CIAの腕利きエージェントとしての実力を遺憾なく発揮し、街に蔓延る悪を根絶やしにしていくという作品で、対する『ジョン・ウィック』は、愛する妻を失った孤独な男が、妻からの最期の贈り物である仔犬を殺されたことで、元殺し屋としての腕前を遺憾なく発揮し、ロシアンマフィアを皆殺しにするという作品でした。
そのどちらもに共通するのが、理由の差はあれ、【現在に強いフラストレーションを抱えている】人物が、ふとしたきっかけで【過去に立ち戻って大暴れする】というもので、さらには【現在の状況を丁寧に描く】というところも共通しています。
おそらく、この構造こそが、【観客と主人公との共犯関係】をより強固なものとし、加えて、現在の状況を丁寧に描くからこそ、主人公達が暴れ始めた時の「やっちまえ!!」という感覚、さらには、その先にある開放感をも大きくなるのでしょう。
そして、今回ご紹介する『Mr.ノーバディ』は、間違いなくそうした、『イコライザー』『ジョン・ウィック』に共通する特徴を引き継ぎ、もっと言えばアップデートした作品になっているのです。
まさにノーバディ、何者でもない男が主人公
前置きが長くなりましたが、本作が『イコライザー』や『ジョン・ウィック』をアップデートした部分はどこかと言えば、それは、【主人公が本当に何者でもない男に見える】というところだと私は考えています。
というのも、『イコライザー』や『ジョン・ウィック』の主人公は、デンゼル・ワシントン、キアヌ・リーヴスという、ハリウッド第一線級のスター俳優であり、そして、両者とも、それまでに本格的なアクション映画において主役を張ったことがあるわけで、言ってしまえば、【見た瞬間からただ者には見えない】んですよね。
なんていうか、過去の作品のイメージで、最初から強そうに見える(もちろん、素晴らしい演技力で一般人に扮してはいますが)ので、彼らが暴れ出しても、ある種「よ! 待ってました!!」という感じになってしまうんです(笑)
それに対して本作で主人公を演じたボブ・オデンカークは、元々が放送作家出身のコメディアンということで、(今のところ)アクションをこなすイメージが全くなく、本作を観始めてしばらくは、「ただのオッサンにしか見えないんだけど、この人本当に強いの……?」という疑惑が拭えないのです(笑)
さらに言えば、彼が本性を表し始めてからも、どこか詰めが甘かったり、アクションがたどたどしかったりして、ロバート・マッコール(=イコライザー)や、ジョン・ウィックというよりは、『タクシー・ドライバー』のトラヴィス(個人的に、トラヴィスは、過去の経歴を妄想してるだけで、殺しや戦いに関しては素人……いわゆる、厨二病をこじらせちゃった人だと考えています)系の人なのでは?! と思ってしまったりしました(^◇^;)
しかし、物語が進むにすれ、詰めの甘さがなくなり、アクションもキレを増していき、「マジで強い人なんだ……!!」となっていくのですが、このいわば、観客までもがナメてしまうような、オデンカークの容姿と演技こそが、本作がナーメテーター映画として【正し過ぎるくらい正しい】部分であり、そして、過去のナーメテーター映画とは一線を画す部分だと思うのです(しかしそれは、俳優にとっては一発しか使えない技でもあります。なぜなら、本作以降、オデンカークはアクションが出来る人という印象になってしまうからです。例えば、リーアム・ニーソンのキャリアの転機となった『96時間』なんかもそうですね)。
アクションとコメディのバランスが絶妙
また、その他にも本作が『イコライザー』、『ジョン・ウィック』の流れにあるなと私が思う部分があります。
それは、起こっていることは割と悲惨なのに、全体的にはコメディ風の味付けがされているというところです。
例えば、『イコライザー』は、映画としては極めて丁寧で、物語もかなり感動的なのですが、いかんせん、主人公が強過ぎて笑ってしまいますし(特に、クライマックス後のシークエンスは、『ワイルドスピード』シリーズでのステイサムの登場シーン的なやりすぎ感があります笑)、さらに、『ジョン・ウィック』は、設定や空気感など、とにかく物語全体にシュールかつナンセンスな笑いが散りばめられています。というか、なんなら、個人的には『ジョン・ウィック』シリーズは、作品としてはナンセンスコメディだと思っているくらいです(笑)
とはいえ、両者とも笑える要素は散りばめつつも、しかし、全体としてはシリアスなテンションでまとめられていたかと思います。
そこへ来ての本作は、上記の作品のテンションを、ぐっとコメディ側に引き寄せたような感があります。
そもそも、主役のボブ・オデンカーク自体がバリバリのコメディアンということもあり、微妙な表情や、絶妙な間で、あわよくばこちらを笑わせてきます。
しかもそれは、やり過ぎな面白演技とか、顔芸とかそういうのではなく、【当の本人は大真面目なのに、一歩引いて見ると滑稽に見える】とか、【絶妙な会話の間で笑わせる】という、まさしく正しいコメディになっているのです。
画面に映る登場人物達は、それぞれに大真面目な顔で、大真面目なことをやっているんだけど、それを観ているこっちは笑ってしまう、そういうバランスです。
お笑いに例えれば『ジョン・ウィック』が若手芸人の放つシュールネタとするならば、本作は、吉本新喜劇的な王道の笑いである、というような感じです。
そういう意味で言えば、『ジョン・ウィック』よりも本作の方が、より一般ウケしやすいというか、誰が見ても面白さが分かるような作りになっていると思います。
そしてその、誰が見ても面白いバランスというのも、ナーメテーター映画では、意外となかったバランスなんじゃないかなとも思ったり(ナーメテーター映画って、みんな大好きと言いつつ、普段、映画をなかなか観ない層にとっては、あんまり響かなかったりもするみたいなので……)。
ツイストの効いた展開と、いちいち丁寧な小道具使いがニクイ
前の項でも書いた通り、割と万人向けなんじゃないかなと感じる本作なのですが、じゃあ、「映画好きにとっては薄味なんじゃないの?」と問われれば、全くそんなことはなく……!!
テンポのいい展開や、分かりやすい笑どころなど、非常に万人向けで間口の広い作品になっている一方、本作、映画好きなほど「お!」となるツイストがあったりしますし、全体的には雑な物語(褒めてる)でありながら、細かいところがめちゃくちゃ丁寧なんです。
例えば、ナーメテーター映画では、まず間違いなく、主人公が本性を表すキッカケになった出来事があり、その出来事を主軸として物語が進んでいくのが一般的なのですが、しかし、本作におけるキッカケは、かなり早い段階で意外かつ中途半端な結末を迎えてしまうのです。
ここは大いに笑わせてもらいましたし、同時に、「ここからどうすんの?!」と梯子を外されたような気分にもなりました。
しかし、それが中途半端な結末になってしまったことが、その後に動き出す本筋のきっかけにもなっていたりして、それが非常に楽しいんですよね(笑)(ちなみに、余談ですが、本筋の方の流れに関しては、ナーメテーター映画というより、ヴィジランテ映画、とりわけ『狼の死刑宣告』的な、「やっちまったああああ!」っていう印象を受けました。それもよかった笑)
また、丁寧という部分で言えば、本作は、とにかく、ちょっとした小道具や台詞の扱いが非常に丁寧です。
ある場面で出てきた小道具や台詞が、忘れた頃に、別の場面で全く違った文脈を伴って活かされるということが非常に多く、しかもその一つ一つに無理がない。
まさしく、正しい伏線の貼り方と回収の目白押しです。
その丁寧さと言えば、例えば、小道具に関して言えば、【出てきた小道具は、後で全て使用される】といってもいいほどです。
この怒涛の小道具回収の凄まじさには、『ショーン・オブ・ザ・デッド』初見時の感動すら思い出されました。
『ショーン〜』もそうですが、全体的に雑な物語なのに、細かな伏線が丁寧過ぎるほど丁寧だと、なんかワクワクしますよね(笑)
こういう映画大好き!
いい意味でゲーム的感覚が盛り込まれたアクションシーン
さて、ここまで色々と語ってきましたが、やはり、なんと言っても本作一番の魅力は、アクション描写だと思います。
本作のアクションは、体一つで乗り越えてくぜ!! というような肉弾アクションというよりも、その場にある物を利用したり、しっかり罠を準備してから戦ったりという、結構頭脳派(?)なもので、ここら辺も好みなあたりなのですが、個人的にさらに嬉しかったのが、【ゲーム的感覚が盛り込まれたアクション】だったということですね。
どういうことかと言えば、例えば、一番分かりやすいところで言えば、終盤にスナイパーライフルを使う人物が出てくるのですが、しかし、彼はスナイパーライフルを使い、開けた場所で狙撃するというよりは、屋内で、スナイパーライフルを腰撃ちしながら、その威力と貫通力で敵を倒していくというスタイルなんですよね。
コレ、現実的に考えると、まぁあり得ない戦い方なわけですが、しかし、Call of Dutyシリーズを始めとする、一人称視点のシューティングゲーム(FPS)では、古くからあるお決まりの戦闘スタイルで、その名を凸砂(突撃スナイパーの俗称です)と言います。
というのも、ゲームにおけるスナイパーライフルは、多くの場合が、扱い難いけど、当たれば一発で倒せるというような武器になっているため、上級者の中には、一撃必殺という利点を持ったスナイパーライフルを担いで最前線を突っ走り、一瞬で狙い撃って倒したり、腰撃ちのまま、銃口を相手に押し付けるようにして撃ったりして敵を倒すプレイヤーが一定数いるんです。
しかも、システム的に敵を貫通して後ろの敵にも当たるという性能になっていることも多いため、中には、一発の銃弾で複数人をまとめて倒すなんて人もいます(自分自身、何度かやったことがあります笑 決まると気持ちいいんですよね)。
おそらく、本作でのスナイパーライフル使いの描写は、そのFPS的な戦い方をオマージュしたものだと思います(笑)
なにせ、本作の監督は、あのFPS的発想の映画『ハードコア』(これも人生ベスト級に好きな一本ですので、未見の方はぜひ! 画面酔いするかもしれませんが汗)のイリヤ・ナイシュラー監督ですからね。
そういった趣味嗜好は、多かれ少なかれ反映されていると思います。
ラストのアレなんかも、Call of DutyやMETAL GEAR ONLINEでたまにいる戦法……もっといえば、BATTLEFIELDシリーズ伝統の戦法すら思い出しました(笑)
そんなわけで、ゲーム好きだとちょっとクスッと出来るようなアクションがあったりしますし、そうでなくとも、『ジョン・ウィック』シリーズや、『アトミック・ブロンド』などでお馴染みな、名実ともに最強のアクションコーディネーター集団、【87eleven】系列のアクションコーディネーター達によるハイレベルかつリアル、それでいてケレンたっぷりなアクションが炸裂していますので、アクション映画好きは要チェックな作品ですよ!
まとめ
というわけで、『Mr.ノーバディ』のご紹介でした。
本記事で触れた以外にも魅力たっぷりで、特に、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドク役でもお馴染みな、クリストファー・ロイド御大による、めちゃくちゃジブいショットガン捌きなんかも必見な作品です。
今、劇場では良作アクションがかかりまくっていて、アクション映画が大渋滞している状態ですが、その中でも特筆に値する一本であることは間違いありません。
早くも続編の話しもあるようですし、早めにチェックしておいて損はありませんよ!!
※本日ご紹介した『Mr.ノーバディ』は、2021/6/29現在、全国の劇場で上映中です。